佐野元春論・大乗ロックンロールの言葉と自由 「結」慈悲をめぐる経験

結 慈悲をめぐる経験
ーー日本のホールデン・コールフィールド菩薩の視線(ゼロ年代以降の可能性)


 SUBSTITUEであることを本物の自分として誇りとする自意識に見合った表現の革新性。例外であることで、歴史的な正統性を屹立させること。そして、自力であり他力であり、あるがままを肯定しつつどこかへ向かうこと。それら全てが、結論じみた成熟の慰撫ではなく、未成熟に向かって彼を引き摺り戻す。いつまでも「約束の地=SOMEDAY」に向かえと使嗾する。ーー四十年に渡る佐野元春の新鮮さは、ここにある。それは日本文化の磁力を帯びながらそこから身を離し、世界に並ぶことのない単独な個性となっている。しかし彼の姿はまるで、その若き日にカミュの影響を受けて詩に描いたシジフォスを思わせる。強い徒労感をまとうはずではないか。
 二○○○年代以降、佐野元春のリリックには、「経験」という言葉が頻繁に用いられる。ブレイクの詩をもとに書かれた一曲「経験の歌」(『Fruits』収録)に初めて目立ち始めたこの語は、「なんて素敵な快感」の「瞬間」を歌う「君が気高い孤独なら」(『Coyote』収録)のころには、一枚のアルバム全体の中心思想を担う語彙となった。二○一○年代の『Zooey』からの三作では、さらに求心力を強めている。
「経験」という語が顕在化してくる間に、佐野元春はどんな経験をしたのか。ーー彼は、プライベートでは数人の肉親の死に遇った。社会全体ではテロリズムの嵐が吹き荒れ、いくつもの天変地異と社会的な不安定を過ごした。失われた十年がやがて二十年と言われ直したように、長い間不景気でもあった。この時、佐野本人は三十代後半から六十代へと年齢を重ねて行き、パートナーであるバンドの離合集散を繰り返しながら生き延びてきた。
 このような「経験」が、佐野に何をもたらしたか。ーー佐野のリリックを見る限り、キャリアの初期の時点で特徴的だった人称の混乱が、ほとんど克服されている事実がある。例えば、「君が気高い孤独なら」は、「本気で輝」く君を見守る年長者の視点が安定的だ。また、その三年前の曲「君の魂 大事な魂」(『The Sun』収録)も、「君」を励まし寄り添い、見守る視点がある。十年代の三枚のアルバムに至っては、傷つき悩む「君」という二人称の存在を見守り、時に共に傷つき、時に励まし、いつでも側にいる存在としての声が全面化する。それは、メルロー=ポンティの影響を受けた鷲田清一の言う「歌うこと」は「わたし、あなた、かれといった人称の境界を言わば溶かせるようなかたちで、複数の〈いのち〉の核が共振する現象」だという認識(鷲田/2015 p121)を通して、複数の〈いのち〉を彼が改めて見出したことを表す。原始的超人格への希求の吐露からキャリアを始めた佐野は、歌い続けることによって、「君」という他者を、「〈いのち〉の核」の「共振」を通して、むしろ自分から分離し得たのだ。ここには、チャック・ベリーたちオールド・ロックンローラーの得意とした三人称の視点があり、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』のころに佐野が繰り返し言っていた「見張り台からずっと見守ってくれる存在」が誕生している。それは、佐野が十代のころから憧れてきたホールデン・コールフィールドの理想とした姿・「ライ麦畑の捕まえ手」と重なる。傷つきやすく、はみ出しやすい存在へ向ける視線。この視線を送る「捕まえ手」は、しかし見守る相手が傷つかないことを求めるのではない。誰も走らないようにすればケガをする子どももいないが、「そうじゃない」と彼は言う。自由に走らせよ。そして大きなケガにならないようにだけ、抱きとめるんだと。時代の現実は、誰かを傷つかないように守り続けることなど、不可能だった。この自覚の上に、彼は「経験」という語を通すことで、全てを受け入れる姿勢を作った。しかし、それは事象を抽象化し脱個性化する横暴さを帯びる。未成熟で単独な現在が漂白されてしまうかもしれないから。
 この時、ただの「経験」をかけがえのない「経験」にする思想を、二○一○年代の佐野元春はついに生み出す。
 穏やかで未経験な君/やりきれなくなって/自滅するなんて/彷徨ってた日々/たどり ついた意味/あの日から何も変わっちゃいない//
 愛した人とさよならがあって/古い場所からの戯れがあって/ありふれたこの一日を/ かけがえのない/意味ある日にするために//
 Grace/欲望に忠実なこの世界のために/Grace/静かにその窓を開け放ってくれ
 東日本大震災の二年後に発表された「世界は慈悲を待っている」(『Zooey』収録)の「Grace」という言葉。通常は「恩寵」とされるはずのこの語の訳を「慈悲」とする。それまでの彼のリリックで重要な求心力を持つ「経験」「彷徨う」「欲望」などを揃えた上で、救いを示す(窓を開け放つ)思想。これこそ、ありふれた存在の、ありふれた経験にすぎないものを、「かけがえのない」ものへと変える力である。『Blood Moon』『Maniju』に至るまで、第三者としての視点を通して突き放すでもなく同化するでもなく、ただ自分より年若い者の苦しみの側にいようとする声の在り方は明確になっていく。「今はせめて こんな夜 寄り添うことしかできない」(「悟りの涙」『Maniju』収録)と歌われる己の無力さの自覚が、現在の佐野元春を、優しさという価値からも超越させる。優しさそのものを相対化する視点に立たせるのだ。傷つくことに同情するわけでもなく。――それは、魚川祐司の言う、あえて成仏せず衆生とともにあることを選ぶ菩薩たち(魚川/2015 p165)の慈悲のようだ。佐野元春というアーティストは、「利他の慈悲行」に向かう菩薩のように、傷つく経験をする魂とともにあろうとしている。彼は、この時代に生きる人々の「物語の多様」化への関与をやめない。「遊於娑婆世界」(『観音経』)と、遊びまわるのだ。
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 こうして、佐野元春の音楽が、いまだ自由の経験である理由について、我々はやっと十分に答えられる。彼の音楽には、大澤真幸がいうような、因果律を未来から過去に向かって見出す経験があふれているのだ。いまだ「約束の地=SOMEDAY」に向かう彼を見るときに、我々は我々自身によって見出された成熟せずにいる精神、未来において選び出されるかもしれない因果の可能性を見出すことができるのだ。
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 さて、今後、佐野元春は、そして日本のロックンロールはどこに行くか。
 時代はここで我々が基礎ユニットとしてきたアルバムをすでに解体し尽くしている。一曲ずつがダウンロードされ、一曲ですらなく部分だけが聴かれていくこの趨勢は、もはや留めようもない。
 我々は何を失い、どんな自由を発見していくのか。ガジェット化する音楽情報をもって(円堂/2013)リスナーがほぼ無料の音楽素材をそれぞれ編集する時代が来た時、佐野元春は彼の大乗精神をどのように軋ませ、遊び、どんな曲を我々に聴かせるのか。
 そういった全てが、今、音楽から発する光となって、我々の今後を照らしている。                                                                       (了)