尾崎豊論について

20210322 夜

 

ここ数日、尾崎豊さんについて、私がアメブロに以前書いたエッセイを読んでいただいている方が増えたようです。

 

それが何故かは分かりませんが、再び尾崎さんに触れておきたいと思います。この「はてなブログ」に、一月に書いた文章と重なる内容ですが。

 

私は、一枚目と二枚目のアルバムの尾崎さんが大好きでした。特に一枚目の「十七歳の地図」は、あの時代に誰かが作るべき傑作であり、今でもその耀きは失われていないと思います。ロマンチックなラブソングのいくつかよりも、「街の風景」、「はじまりさえ歌えない」、「傷つけた人々へ」。さらに、「15の夜」、「十七歳の地図」のモニュメントとすら言えるパワーチューン二つを含んだあの一枚は、本当に素晴らしい。不安と周囲への不信と自己陶酔を重ねつつ、核心部分に純粋な希望を持ったまま歌い出す兄のような世代のハイティーンの姿は、強烈な憧れでした。「存在」という、やや意味不明な歌詞も持った曲を含んだ二枚目も、大好きです。ただ、このころから、慕っていた地元の先輩兄が有名になり、何やら耳を疑うような大言壮語をし始めたような感じで、聴かなくなりました。

 

その尾崎さんに、もう一度真剣に向き合おうとしたのが、約五年前に書いて、今年、アメブロに「尾崎豊論」というテーマであげたエッセイです。よろしければ、お読み下さい。(私のアメブロで、上記のテーマを開いていただくとまとまって出てきます。)

 

さて、私は、尾崎さんの耀きには、須藤晃さんを初めにしたスタッフさんの存在が大きかったのだろうと考えています。

それでいま、他のアーティストと重ねて、須藤さんについて考えています。

 

 

藤谷蓮次郎

  2021年3月22日